2026/07/03 23:04
何を、どんなふうに書いたらいいのかもわからないんだけど
6月29日にくぅちゃんが亡くなりました。
本当に今回は後悔ばかりで、悲しみのどん底にいます。
たくさんたくさん間違えてしまった。
くぅちゃんがもういないから、取り返しがつかない。
亡くなってから、何にも動けなくて、1日の大半をただ天井を見て過ごしていたけど、これからくる医療の怒涛の請求の嵐に、立ち止まれないって気がついて、まずは重たい腰を上げて、これを書いています。
それに、高齢期に医療の必要な子もまだまだ控えていて、でも猫貯金どころかほぼすべて消えてしまったので、また1から頑張るしかない。
まだ、心の整理をできていない部分もたくさんあるので、要約のようなかたちになってしまうのですが…
くぅちゃんと出会った時は、たくさんの不安と葛藤で溢れていました。
くぅちゃんは、むいちゃん(麦じ)に会いにきた猫ちゃんでした。
保護する前は本当にひどい怪我だらけで、なんだかすごい呼吸音がして、これは、去勢ができるのか?って疑問に思い、病院に相談に行ったり、怪我がひどすぎてお薬をもらいに行ったり、膀胱炎のお薬を飲ませるのに苦労したり、養えるのかもわからないのに(当時すでに先住4ニャンいた)もう怪我がひどすぎて心配すぎるから保護しよう。と腹をくくったら、謎の首輪をつけて現れたり。
もう本当にいろいろあった。
保護したら保護したで、猫エイズキャリアだったから、隔離に苦労して、隔離がかわいそうすぎて全員で猫エイズワクチンをしたり。
保護後も牙が全て折れていて、呼吸もおかしいので、歯科専門の先生に診てもらい牙を含む抜歯手術をしたり、肥満細胞腫になり切除した後も取りきれていないことがわかり、ずっとステロイドを服用し、肝臓の数値が猛烈に悪く、肝臓のお薬を飲み続けていたところ、鼻咽頭狭窄症が悪化して、さらに胸骨を脱臼していることが発覚したり、鼻咽頭狭窄症を二時診療で手術したけど結局うまくいかなくて。
さらに何度も何度も膀胱炎や尿結石で苦しんだり。
一時は誤嚥性肺炎でひどいことになったし、昨年からは高血圧で失明した。
失明してからは不便で辛い生活で、おまけに口臭がひどくなり、口を痛がるようになって、体重も減り始め、目も見えず食べる楽しみまでも奪われたくないと思い、4月22日に抜歯手術をしました。
でも、この最後の抜歯手術を受けなければよかった。
抜歯後、免疫が下がったからか、舌に潰瘍ができて、カリシウイルスの疑いが出て、ご飯も思うように食べられず、5月中旬からは強制給餌が始まりました。
それでも、5月下旬には、少しずつ食べられる日もでてきて、これでやっと落ち着くんだって思ってたら、また口を痛がるようになり、6月あたまには高熱を出し、2週目、何をしても熱が下がらず、どんどん痩せ細り、3週目で腸にリンパ腫で癌ができていることが発覚しました。
リンパ腫が発覚してから、わずか2週間弱で亡くなってしまいました。
4月から病院に通い詰めで、5月からは強制給餌に自宅点滴。
6月は何をしても下がらない熱と闘い、抗がん剤も試したけど効果はほとんどありませんでした。
4月から5月はなんとか口の痛みをとってあげたくて、なんとか美味しくまたご飯が食べられるようになってほしくて、6月はなんとか高熱を少しでも下げてあげたくて、そうやってなりふりかまわず必死に闘って闘って、必死になりすぎて、くぅちゃんにとっての最善がなんだろうと考えながら、結果的に今振り返るとくぅちゃんにたくさん無理をさせていたんだと、亡くなってから気がつきました。
緩和ケアの話も聞いたけれど、すでに6月あたまからやっていることが緩和ケアのようなものです。と先生に言われ、じゃあくぅちゃんの痛みや苦しみを、上がり続ける高熱を、どうすれば少しでも楽にできるのか、私にはわからなくて、必死になって、必死になりすぎて、結果的にくぅちゃんを亡くなる前日まで病院に連れて行って、怖くて嫌な思いをさせたまま亡くしてしまいました。
もう辛すぎて、くぅちゃんに申し訳なさすぎて、とにかく今は本当に後悔しかありません。
後悔しかないけれど、くぅちゃんは本当に最期の最期まで頑張り抜いた。
やっと痛みや苦しみから解放されたんだって思うけど、でも、涙は止まらない。
良いと思った選択が、全部裏目にでてしまったというか、うまくいかなかった。でもうまくいかないかもしれない可能性が、くぅちゃんのことが大好きすぎて少し見えづらくなっていたのかもしれない。
今日でもう病院は終わりだよ、これからはおうちでゆっくりしようねって最後の受診の後に言ったけど、結局翌日の夜に逝ってしまった。
6月17日、癌が発覚した日。40度を超える日々の中で、どうすればよかったんだろう。
でも前日の病院は本当に行かなければよかった。最期、もっと家でゆっくり過ごしてもらいたかった。4月から6月まで、毎週何日も病院に連れて行って、結局誰も幸せにならなかった。
リンパ腫が、抜歯前にわかっていたら抜歯よりも癌の切除を優先したと思うし、抜歯はしなかった。
本当に後悔しかない。
くぅちゃんって、本物の元ボス猫で、本当に喧嘩の仲裁をするし、むいちゃんのことを家の中でも常に守ってくれていて、パトラさんの最期の時もずっと寄り添ってくれていて、パトラさんが亡くなったら今度は泣くわたしに寄り添ってくれて。
わたしはくぅちゃんに優しさとか幸せとかをたくさんもらって、ボス猫の尊さ、くぅちゃんの持ち前の賢さに驚かされてばかりだったのに、結果的に恩を仇で返すようなことをしてしまったんだと時間が経てば経つほど実感しています。
もう猫ちゃんに強制給餌は二度としたくない。
くぅちゃんみたいに、強く賢く勇敢で優しい子が、なんで最期の最期まで苦しまなきゃいけなかったんだろうと思うし、もともとそんなに宗教じみたことなんて考えたことないけれど、神様なんていないって心底思う。
いたら、くぅちゃんにばかり、こんなに辛い思いさせないはず。
病気ばかりで毎年入院したり手術したり。本当に頑張り抜いてきたのに、最期の最期まで、こんなのってない。
くぅちゃんのかわいいところや勇敢で美しい生き方を、もっともっとたくさんの人に知ってほしい。
語彙力がないので、伝えられるかわからないけれど、時々綴れたらいいなと思います。
それから、癌と向き合った日々のことも、伝えられたらいいな…と思ってるけど、どこまで書けるかな…
くぅちゃんは最期まで、わたしにたくさんのことを教えてくれた猫ちゃんでした。
教えてくれたことをくぅちゃん自身に活かせないことが、何より悔しくて辛い。
もしもこれを読んでくれた人がいて、おうちに保護猫ちゃんがいるのなら毎日全力で、いっぱい抱きしめてください。(いつもやっているかもしれないけれど)
保護された猫ちゃんたちがひとりでも多く幸せになり愛されることが、くぅちゃんへの供養になると思っていただければありがたいです。
きっと、くぅちゃんはそういうことを心の底から願うような、弱い猫ちゃんを全力で守ってくれる猫ちゃんだったから。
負の感情のままものづくりはしたくないので、今日はしっかり寝て、明日から少しずつ切り替えてものづくりを始めます。
くぅちゃんと生きた時間は、病気のことだけじゃなくて、たくさんの楽しい、かわいい、おもしろい、すごいって驚きで溢れていました。
今は最期が辛すぎて、少しくぅちゃんとの過去が見えづらくなる時があるけれど、ずっとくぅちゃんを想っていくことに変わりはありません。
これからも、くぅちゃんの猫生と目に映る猫ちゃんに、全力で向き合っていこうと思います。

